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December 31, 2005
ヴィヴィアン・ウエストウッド 財布
ビビアン・ウエストウッド 財布
70年代のパンクファッションの仕掛け人であり、以降アヴァンギャルドな
スタイル確立したブランドの代名詞、『ヴィヴィアン ウエストウッド』。
トレンドに左右されることなく、独自のクリエーションを続けてきた
そのスタイルに、世界中の人々が虜となっているのです。
アクセサリーにもそのスタイルが生かされ、パンキッシュな
強い意志の感じられる品々。その中にも、最近のヴィヴィアンウエストウッドの
傾向でもある「フェミニンでエレガント」な雰囲気が醸し出されているので
女性のコーディネートのポイントアクセサリーにオススメです!
ヴィヴィアン・ウエストウッドの歴史
1971年、ヴィヴィアン・ウエストウッドがロンドンにブティックをオープン。
都市の再生と創造を目指す無政府主義政治団体)に属して活動していたマルコム・マクラーレンと共に、キングスロード430番地にブティック"レット・イット・ロック(LET IT ROCK)"をオープン。72年、店名を"Too Fast to Live, Too Young to Die"に、74年には"SEX"に、76年には"Seditionaries"に変更。
75年にマルコムと共に、"セックス"の常連客だったヴォーカルのジョニー・ロットンやシド・ヴィシャスを擁するパンクバンド"セックス・ピストルズ(SEX PISTOLS)"をプロデュース。
81年には、マルコム・マクラーレンから独立し、店名を「ワールズ・エンド」に変更。現在でもキングスロード430番街の店名はこのままである。同年ロンドンでの初コレクションでは、パイレーツ・ルックを発表し、「アヴァンギャルドの女王」と称され反響を呼んだ。
82年にパリへ進出し、86年に独立してコレクションを発表。84年秋には、ジャンフランコ・フェレ、カルバン・クライン、クロード・モンタナ、森英恵の4名とともに、「ザ・ベスト・オブ・ファイブ」という東京でのアウォードに選ばれ、コレクションを発表している。
91年1月には、クリスチャン・ラクロワ、アイザック・ミザリ、フランシスコ・モスキーノとともに、ファッションサミットへ参加。再び東京でコレクションを発表した。96年からは、ミラノコレクションへ参加。同年9月には、日本初の旗艦店「ヴィヴィアン・ウエストウッド東京」を日比谷にオープン。
- by Takayuki Honda
- at December 31, 2005 20:54
- in ファッション
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